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神戸地方裁判所 昭和48年(行ウ)38号 判決 1977年3月17日

原告 韓辰宅

被告 神戸入国管理事務所主任審査官 ほか一名

訴訟代理人 岡崎真喜次 風見幸信 西村省三 ほか二名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告神戸入国管理事務所主任審査官が昭和四八年一一月一二日付で原告に対してなした退去強制令書発付処分はこれを取消す。

2  被告法務大臣が同年一〇月二二日付で原告に対してなした原告の出入国管理令第四九条一項に基づく異議の申出を棄却する旨の裁決はこれを取消す。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告の来日経緯及び家族関係

(一) 原告は昭和二〇年一月一八日に、父亡訴外韓重烈と母訴外安順一の子として朝鮮で出生した。父韓重烈は昭和二三年に、原告が三才の時に死亡し、母安順一は原告の幼少の頃に再婚した。

そのため原告は、祖母亡訴外文行順の手によつて育てられたが、右祖母も原告が中学二年生の頃に死亡し、以後は親族によつて育てられた。

(二) 原告は高等学校卒業後、昭和三八年と同四〇年の二度に亘り、日本在住の叔父訴外西原重雄こと韓重[王民]を頼つて日本に不法入国したが、いずれも官憲に捕まり強制送還された。しかし、原告は韓国において頼るべき身寄りもなく、また生活難のために昭和四二年、三度、叔父韓重[王民]を頼り日本に渡航しその後、同人の経営する西原整毛工業所の従業員として働き、今日に至つている。

(三) 原告は、昭和四八年五月七日、訴外高順玉(昭和二二年一月一四日生)と結婚し、直ちに婚姻届を了した。

原告は、結婚後まもなく神戸入国管理事務所に対し、不法入国の事実を申告(自首)した。しかし、原告は肺結核を患つており、同年五月、兵庫県立加古川病院における診察の結果、入院加療が必要とされ、現在も国立加古川療養所に入院中である。

なお、原告は妻高順玉との間に現在一男一女をもうけている。妻高順玉は、日本在住の父訴外高又俊と兄弟姉妹を頼つて、昭和四二年一二月日本に渡航してきたものである。

2  本件各処分

原告は、昭和四八年七月三一日、神戸入国管理事務所入国審査官から出入国管理令(以下「令」という)第二四条一号に該当するとの認定を受けたので、同日、口頭審理を請求し、同所特別審理官は同年八月一三日、右認定に誤りがない旨の判定をした。右認定に対し原告は同日、法務大臣に対し異議の申出をしたが、法務大臣は、同年一〇月二二日、右異議申出は理由がない旨の裁決(以下「本件裁決」という)をなし、同所主任審査官に通知したので、同人は、同年一一月一二日、原告に対し送還先を韓国とする退去強制令書(以下「本件令書」という)を発付し、同日、原告を同所に収容した。しかし、その後韓重[王民]から仮放免許可願の提出があつたので、同所主任審査官は同月に二一日、これを許可し、同日、原告は仮放免されて現在に至つている。

3  本件各処分の違法性

(一) 令第五〇条の特別在留許可(以下「特在許可」という〕は、本人は勿論、家族の基本的人権に深くかかわるものであるから、単なる自由裁量でもなく、また、恣意的裁量でもない。

(二) 本件各処分は、肉親、家族等を頼つてくる同種事案につきなされてきた行政先例に反し、平等原則にも反する。即ち、原告は韓国には頼るべき肉親は全くなく、日本在住の韓重[王民]が唯一の頼りである。しかも、妻高順玉とその間にもうけた二児と共に日本における幸福な生活をすべく生活設計をしてきたのである。かかる日本に定着した生活を根底から破壊することは許されない。

(三) また、不法入国という形式的違反のみを捉えて原告及び妻子の生活をも考慮せず、一挙に国外追放という手段に訴える本件各処分は著しく条理、正義に反し比例原則にも反する。

(四) 訴外黄基淳一家については、黄夫婦がいずれも不法入国者であるにも拘らず、昭和四九年一二月二〇日に特在許可がなされている。しかし、原告一家と右黄一家との間に特別在留を許可または不許可とする差異は全く存在しない。従つて、被告法務大臣が本件裁決に当つて、特在許可をなきなかつたのは、行政の恣意であり権利濫用である。

4  従つて、本件各処分は、その違法性が重大であり、取消されるべきものである。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)のうち、原告が昭和二〇年一月一八日、父亡韓重烈と母安順一の子として朝鮮で出生したこと、父が死亡したことは認めるが、その余は不知。

2  同(二)のうち、原告において頼るべき身寄りもなく、生活難であつたことは不知。その余は認める。

3  同(三)は認める。但し、妻高順玉は本邦に不法入国したものであるため、すでに退去強制令書を発付されている。また、原告と高順玉の婚姻届出年月日は昭和四八年五月二五日である。

4  同2は認める。

5  同3は争う(但し、そのうち(四)の黄基淳一家について、昭和四九年一二月二〇日に特在許可がなされた事実は認める)

三  被告らの主張

1  本件法務大臣の裁決は適法である。

原告は、令第五〇条の在留特別許可は基本的人権に深くかかわるものであるから単なる自由裁量ではないとして本件裁決が行政先例、平等原則、比例原則等に反する旨主張する。

しかし、右主張は以下述べるとおり失当である。

(一) 異議申出に対する法務大臣の裁決は、特別審理官がなした令第二四条各号の一に該当する旨の判定に誤りがないか否かの点についてのみの判断に限定される(令第四九条三項)。ただ法務大臣としてはその際異議の申出に対する裁決をするに当たり、これとは別に、特別の事情があるときに限り在留を特別に許可することとなつているに過ぎないのである。したがつて、令第五〇条に定める在留特別許可は、令第四九条に定める異議の申出に対する裁決とは全く別個の処分により行われる恩恵的措置であつて、在留特別許可の申請権なるものはその性質上何人にも付与されていないのである。それゆえ在留特別許可を与えないとしても違法の問題を生ずる余地は全くなく裁決の違法事由とはなりえないものである。

すなわち、令第五〇条一項は異議申出者に在留特別許可の請求権はもとより申請権すらも与えたものではなく、法務大臣の一方的な権限行使の要件を定めた規定に過ぎない。

したがつて、外国人には在留特別許可を要求する権利ないし法律上の地位は与えられていないのであるから、在留特別許可を与えないからといつて相手方の法律上の権利ないし利益の侵害ということは起こりえないのである。かりに在留特別許可を与えないことにより相手方との間に違法の問題を生ずる場合がありうるとしても、さきに述べたとおりそれは裁決とは別個の処分にかかるものであり、在留特別許可を与えないことの違法は、裁決の違法事由とはなりえないというべきである。令第五〇条三項の規定は法務大臣が在留特別許可を与えた場合、これが容疑者の身柄の放免に関して異議の申出が理由がある旨の裁決とみなされることを定めているに過ぎないのである。

(二) 主権国家の併立する現在の国際社会においては、そもそも外国人の入国及び在留の許否はもつぱら当該国家の裁量により自由にこれを決定しうるものであり、特別の条約の存しない限り、国家は外国人の入国又は在留を許可する義務を負うものではないというのが、国際慣習法上認められた原則である(最高裁昭和三二年六月一九日判決刑集一一巻六号一六六三頁参照)。わが国もかかる国際慣習法上の原則を前提として出入国管理令を制定して外国人の入国等の規制を行つており、原告らのごとく不法入国した外国人は法令上当然に退去を強制されるべきものであつて、わが国に在留することができないものである。

令第三条は、外国人の性別、年令、意思能力、主観的意図客観的事情の如何を問うことなく、外国人が有効な旅券又は乗員手帳を所持しないで本邦に入ることを禁止しているが、これは国際社会において普遍的に承認されている不可欠かつ最低限度の要求であり、これにきえ抵触する行為は国の保安と公共の福祉に対する重大な侵犯であつて、すべからく退去強制されてしかるべきものであるからである。

このような違反者に対して令第五〇条にもとづき在留特別許可を与えうる場合があるとしても、これはまつたく例外的な措置であり、当該許可を与えるか否かは、法務大臣の自由裁量に属するものである(最高裁昭和三四年一一月一〇日判決民集一三巻一二号一四九三頁参照)。しかも右許可は個別的に異議申出人の個人的事情のみならず国際情勢、外交政策その他の客観的事情をも含め判断時点における一切の事情を考慮したうえ、行政庁の責任において決定されるべき恩恵的措置であり、その裁量の余地はきわめて広いものである(東京高裁昭和三二年一〇月三一日判決行裁例集八巻一〇号一九〇三頁参照)。したがつて、法務大臣がその責任において裁決した結果については、十分尊重されてしかるべきものである。

(三) 法務大臣が特に在留特別許可を与えるか否かを決定する際に考慮すべき事情ないしその重点のおきかたは、その性質上流動的であるほかないものである。すなわち裁決時の内外の情勢は常に変化しうるものであるし、加うるに個々の事案にはそれぞれ個有の個人的事情があつてその内容は多岐多様にわたるものであるから、行政先例ないし行政慣行といつたものが成立する余地はない。

したがつて、かりに表面的に類似する事案であつても在留特別許可が与えられる場合とそうでない場合とに分れることがあるのは当然のことで、これをもつてただちに比例原則、平等原則に反し違法とするのは失当である。

(四) 原告は、韓国に頼るべき肉身が全くなく、唯一の頼るべき叔父を頼つて密入国したものであり、現在妻とともに日本において幸福な生活を送るべく生活設計しているのであるから、このような事情にある原告に対し在留特別許可を与えなかつたのは裁量の逸脱ないし乱用であるもののごとく主張する。

しかし、

(1) 本国には母及び姉の家族が居住し、不法入国前には母とともに農業に従事していたこと。

(2) 原告は、高順玉と昭和四八年五月二五日本邦において婚姻したのであるが、原告及び妻高順玉はともに婚姻当時すでに不法入国者としていつなんどきわが国から退去を強制されるかも知れない状態であることを認識しながらあえて婚姻したものである。

しかも、妻は現在仮放免中であるが、すでに退去強制令書が発付されているので、やがては韓国に送還される身であること。

(3) 原告は、高等学校まで卒業した自活能力のある成年男子であつて、今後妻子とともに本国において生活することを不可能ならしめるような著しい支障があるとはとうてい認められないこと。

(4) 原告が不法入国した目的は単なる出稼ぎに過ぎず、人道上何ら考慮しなければならない理由がないこと。

(5) 原告は、過去二回にもわたつて不法入国し、いずれの場合も強制送還されているという前歴があること。

(6) 原告が不法入国の事実を自ら申告したのは入国警備官の調査が妻に及ぶに至り、自己の不法入国の事実が発覚することがもはや確実となつたからであること。

等の諸事情を勘案すれば、原告において叔父の経営する会社に勤務している等の個人的事情があるとしても、それがゆえに法務大臣が在留特別許可を与えなければならないいわれはなく、むしろこれを与えなかつたことは当然というべく法務大臣に裁量権の乱用ないし逸脱はいささかも存しないのである。

また、不法入国し、右のような状況のもとにある原告に対し、在留特別許可を与えるならば韓国からの安易な不法入国をますます助長することともなり、かくては出入国管理上ゆゆしき問題を生ずることになりかねないであろう。

2  本件退去強制令書発付処分は違法ではない。

原告は、法務大臣の裁決にもとずき神戸入国管理事務所主任審査官がなした退去強制令書発付処分も違法である旨主張する。

しかしながら、前記のとおり法務大臣の裁決は適法でありまた、原告に在留特別許可を与えなかつたことに何らの違法は存しないのであるから、その後続行為たる同所主任審査官の退去強制令書発付処分に何らの違法が存しないことは明らかである。

3  以上のとおり、本件各処分には原告の主張するような違法事由は存しないのであるから原告の本訴請求は、いずれも棄却されるべきである。

四  原告の反論(特在許可の基準について)

1  法治主義の原則と行政における適正手続の保障

国の行政は国会の定める法律に基づいて行わねばならず、かつその法律の内容は国民の基本的人権保障の見地から適正なものでなければならぬ。これが法治主義の原則であり、憲法第一三条、第三一条の規定の趣旨から言つても、現代行政における適正手続の保障は現代法治主義の核心ともいい得るものであり、この原則は入管行政においても、より強力に適用されなければならない。

2  判断基準の明確化の要請

このような法治主義行政における適正手続の保障の原則からすれば、令第四九条一項に基く異議申出に対する法務大臣の裁決並びに同第五〇条一項の特在許可についての取扱い及びその許否の判断基準は、当然明確に定立されなけれていばならないものであり、法務大臣はその基準に則つて適正な判断をせねばならない。これは法務大臣の処分が仮に自由裁量であるとしても同様である。

3  判断基準不存在の不当性

被告らは、特在許可を与えるか否かの判断基準は存しないと主張する。しかし、前記趣旨からして、入管行政を執行する行政として個人の重大な基本的人権にかかわるような処分をする以上、当然その具体的基準を定立し、それに基づいて適正に運用せねばならない。従つて、被告ら主張のように基準が存しないとすれば、被告らは全く恣意的に何の基準もなく各個人についてバラバラに特在許可を与えたり与えなかつたりしているということであり、かような恣意的運用の結果なされた本件各処分は、そのこと自体によつても無効のものである。

第三証拠<省略>

理由

一  原告がその主張のように日本に密入国し、主張のような経過で本件裁決がなされ、これに基づき本件令書が発付されたことはいずれも当事者間に争いがない。右事実によれば原告は、有効な旅券または乗員手帳を所持しないで本邦に入つたものとして、本邦からの退去を強制されるものに当るものといわなければならない(令第二四条一号、第三条)。

二  原告は、被告法務大臣が本件裁決をするに当つては原告の在留を特別に許可すべきであつたのに、これをせず原告の異議申出を棄却した本件裁決及びこれを先行行為としてなされた本件令書発付処分は著しく条理、正義に反し比例原則にも反すると主張する。これに対し原告らは、異議申出の理由の有無についての判断としてなされる裁決と令第五〇条所定の特在許可の判断とは別個の処分であり、特在許可を与えなかつたことの違法を主張して本件裁決の取消しを求めることはできないと主張するので、先ずこの点について判断する。

法務大臣の裁決は、第一次的には「特別審理官によつて誤りがないと判定されたことによつて維持された令第二四号各号の一に該当するとの入国審査官の認定」の当否(令第四七条ないし第四九条)の審査をし、これについて裁決すべきものであるが、令第五〇条によれば、右異議申出に対する裁決に当つて、法務大臣は特在許可の判断をなし得るものとされており、異議を棄却する裁決は、原処分を相当とするとの判断の他に右特在許可をすべき場合にも該当しないとして右許可を付与しない旨の処分としての性質をも併有するものというべきである(裁決主文では、単に異議申出を棄却する旨を宣言するに止まる)。従つて、法務大臣が特在許可を付与しなかつたことにつき何らかの違法が認められる場合には、右許可を与えることなく異議申出を棄却した裁決も違法性を帯び取消しを免れないと解される。

次に、特在許可を与えるか否かの判断は(令第五〇条の規定形式、他に右許可を付与するに際しての要件等を定めた規定が存しないことから、法務大臣の行政上の考慮等からする広範な自由裁量に属するものと解されるが、それは全く無制約ではなく、著しく人道もしくは正義の観念に反するといつた例外的な場合には裁量権の濫用、逸脱があつたものとして、その結果なされる裁決は違法となると考えられる。しかして、令第四九条五項によると、異議の申出を棄却する法務大臣の裁決があつた時は主任審査官はすみやかに退去強制令書を発付せねばならず、主任審査官はこれにつき裁量の自由を有しないと考えられるから、法務大臣の右裁決の違法は、これに基づく右令書発付処分にも当然に承継されるものと解される。

三  被告らは、法務大臣の特在許可の判断は流動的であるほかない。即ち、裁決時の内外の情勢は常に変化しうるし、個々の事案には個有の個人的事情があり、その内容は多岐多様にわたるものであるから、行政先例ないし行政慣行といつたものが成立する余地はないと主張し、これに対して原告は、法治主義行政における適正手続保障の原則からして特在許可の判断基準は明確に定立されていなければならないと主張するので検討するに、右判断基準が明確であることが望ましいことは勿論であるが、特在許可の判断は前記のとおり、法務大臣の行政上の考慮等からする広範な自由裁量に属するものと解されるうえ、その性質上、個々の事案における個人的事情に左右されると解されるので、かかる事情をすべて網羅して妥当する判断基準を確定することは困難であり、判断基準を設けることがかえつて裁量の余地を狭ばめる結果ともなりかねない。従つて原告が主張するように判断基準が明確にされていないとしてもやむを得ないものであり、これをもつて直ちに、本件裁決(及び本件令書発付処分)を無効の処分ということは到底できない。

<証拠省略>によると、法務大臣の異議申出に対する裁決に当つては、入国管理局長等で構成される裁決委員会で審議されるが、その際、特在許可の許否についても審議され、事実上右委員会の法務大臣に対する意見具申によつて裁決及び特在許可が決せられているところ、右委員会において特に朝鮮半島出身者の場合においての特在許可の許否について審議する際には、おおよそつぎのような判断がなされている。離散家族、即ち、戦前から日本に在住している朝鮮人で、終戦前後の混乱時代に朝鮮に家族の一部が一時帰国したような場合に、右一時帰国者が日本在住の家族に会うために不法入国したような場合、又、終戦前後の混乱時代に朝鮮に一時帰国したが、戦前からの生活基盤が日本にあるために不法入国したような場合には比較的有利に扱われること、不法入国以来の在日年数については、その長短だけでこれを機械的に評価することはなく、むしろ、日本に入国後の生活基盤の安定性、即ち、職業、技術、世間の信用等が問題とされるが、従前の取扱において在日年数が一〇年未満の者にして特在許可を付与された例は少ないこと、不法入国後日本において結婚したものについてその配遇者が日本人ないしは日韓地位協定に基づく永住資格等を有している場合には相対的に有利に評価され、それに比して配偶者も不法入国者の場合には最も不利に評価されること、不法入国者の親族が既に日本に永住権等を有して存在している場合にあつても、右親族が直系親族である方が傍系親族であるよりも相対的に有利に評価されること、入国目的が単なる出稼ぎであることよりは既に日本に居る家族等と一緒に暮らすためであることの方が比較的有利に評価されること、本国(朝鮮)に身寄りが存在していたり、入国時の年齢より、むしろ本国において自活能力があるとみられる方が不利に評価されること、入国管理事務所に対する自首はそれだけでは有利に評価されないこと、犯罪歴のあつた場合は特に不利に評価されること等である。しかしながら具体的事案においては、以上の点だけではなくて、その他にも種々の要素を総合して判断され、必ずしも一律の基準は存しない。現在、異議申出件数中、およそ六、七割位が特在許可を付与されている。以上の各事実が認められる。右認定によつて明らかな評価判断はいずれも妥当なものであり、明確に定立された判断基準がなくても右認定のような経過を辿つてなされる裁決手続に違法はない。

四  そこで本件についての事情を検討する。

1  原告が、昭和二〇年一月一八日、父亡韓重烈と母安順一の子として朝鮮で出生し、高等学校卒業後、昭和三八年と同四〇年の二度にわたり日本に不法入国したが、いずれも官憲に捕り強制送還されたこと、昭和四二年に、三度、日本に不法入国し、叔父韓重[王民]の経営する西原整毛工業所の従業員として働いてきたこと、昭和四八年五月七日に高順玉と結婚し、その後神戸入国管理事務所に不法入国事実を申告したこと、の各事実は当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実に<証拠省略>を総合すると次の事実が認められる。

即ち、原告は韓国に本籍を有している韓国人であるが、同人が四才位の時に父韓重烈が死亡し、母安順一も原告の幼少の頃に再婚したため、原告は祖母文行順の手によつて育てられたが、右祖母も原告が中学二年生の頃に死亡し、以後は親戚の間を転々として育てられ、昭和三八年三月、農業高等学校を卒業し、一時、警察署の掃除夫として働いたり、または、農繁期に農業の手伝いをしたりして生計をたてていたが、自分の思うような定職がなかつたため、所有(相続)の畑六〇〇坪位を売却して同年末頃、大阪在庄の叔父韓重[王民]を頼つて日本に密航し(なお、韓重[王民]は昭和一二年頃来日し、日韓地位協定に基づく永住権を有している)、大阪で半年位、工員として働いていたが、昭和三九年暮頃に送還された。原告は帰国しても就職口もなかつたことから昭和四〇年五月頃、再度、日本に密入国したが、この時には韓重[王民]には連絡しないまま、官憲に逮捕され、同年末頃、再び強制送還された。帰国した原告は、農繁期に農業手伝いをする程度で定職がなく、生活も苦しかつたため、昭和四二年一月頃、三度、日本に密航し、同年末頃までは、東京でビニール工場の工員として働いていたが、昭和四三年一月頃からは、叔父韓重[王民]の経営する西原整毛工業所が人手不足であつたこともあり同所で住込みで工員として働くようになつた。昭和四七年末頃、原告は同郷者の高順玉と知り合い、昭和四八年五月七日に結婚した。後記の如く妻高順玉も不法入国者で退去強制令書を発付され、仮放免中逃亡していた者であるが、原告も高順玉も、その頃、相互に相手が密入国してきたものであることを知るに至り、原告は新婚旅行から帰つて後、入国警備官の調査が妻に及んでいることを知り、自ら神戸入国管理事務所に自己の不法入国事実を申告(自首)した。原告は、結婚したころから肺結核を患うようになり、昭和四九年三月一九日から国立加古川療養所に入院し現在に至つているが、昭和五〇年一〇月一四日当時で、今後約二年間の入院加療が必要と診断されている。原告は五〇万円位の貯金を有し、韓重[王民]方で働いていた時には食費を別にして月金七、八万円位の給料を得ていたが、現在は妻高順玉が同人方で働いており、高順玉の父訴外高文俊からも時折補助を受けている。現在、原告は高順玉との間に一男一女をもうけている外、原告の親族としては大阪に前記叔父韓重[王民]およびいとこ訴外韓貞宅が在住しており、韓国に実母のほかに姉訴外韓汝宅、遠縁の親族および異母姉が在住しているが、実母は再婚しており、姉韓汝宅も結婚しているため、さ程親密な交流はない。

なお、原告の妻高順玉は、韓国に本籍を有する韓国人であるが、昭和二二年一月一四日、日本で出生し、生後一年位の時に祖母に連れられて帰国し、同人に育てられていたが小学校四年生のころ、祖母は死亡し、後は、遠戚の者の手で育てられたが、生活が苦しく、日本在住の父高文俊を頼つて、昭和四二年一二月、密航してきたが、船が転覆し広島入国管理事務所に収容され、昭和四三年二月五日、退去強制令書を発付され、高文俊を身元保証人として自費出国のため仮放免されたが、帰国直前、逃亡したため右仮放免を取消され、その後工員等として働き、前記のとおり原告と知り合い結婚したが、入国管理事務所に自首し、出産準備のために仮放免され現在に至つている。

以上の事実が認められ、これに反する<証拠省略>は信用しない。

3  右認定事実によると、原告は高順玉と結婚し一男一女をもうけ、病院入院まえは韓重[王民]方で働き、今後も同所で働きたいという希望を有していることが窺えるが、過去の不法入国経緯および三度目の入国直後は東京で働いており、韓重[王民]方で働くに至つたのも同人方が人手不足であつたことに因るものであることを考えれば(原告は韓重[王民]を唯一の頼りとして入国してきた旨の<証拠省略>は容易に信じられない)、原告の密入国の目的は主として生活難であると考えられること、妻の高順玉も主として生活苦からの不法入国者で、既に退去強制令書を発付されていること、原告および高順玉の自首についても、特段に考慮されねばならないような事情はないこと、原告は現在、肺結核で入院加療中であり、少くとも今後数ヵ月間の入院加療を要する身であるが、韓国に帰国しても治療を受けることは可能であり、右病気のために日本でなければ生活できないという特段の事情は窺えないこと、原告は三度目の密入国以来ほぼ一〇年を経過するものではあるが、その資産、収入、職業に照らしても未だ日本において確固とした生活基盤を築いているとは言い難いこと、過去二回にもわたつて不法入国し、いずれの場合も強制送還されているという前歴を有していること、原告は韓国において高等学校を卒業し、農業手伝い等をして一応の生計をたてていたものであり、同地には実母および姉の家族、その他の親族が居住していること(本国において妻子と共に生活することを不能ならしめるような特段の支障があるとは考えられない)が明らかである。右のとおり原告の不法入国の目的、入国後の生活基盤の状態、配偶者の法的身分、原告の健康状態、本国とのかかわり合い、親族の所在、自首の模様等を評価考慮すれば、原告およびその一家が韓国に送還された場合、かなりの生活上の困難に出会うことは予想されるとしても、なお、原告が日本に在留することを特別に許可すべき程の特段の事情はないものとして原告の在留を特別に許可しなかつた被告法務大臣の措置をもつて裁量権の範囲を逸脱し、もしくはこれを濫用した違法があつたものとはいえない。なお、訴外黄基淳一家について、特在許可がなされたことは当事者間に争いなく、<証拠省略>から右黄夫婦も不法入国者であることが認められるが、その他の諸事情は明らかではなく、右特在許可の事実のみをもつて、本件においても特在許可されるべきであるとは到底言い得ない。

4  従つて、原告の在留を特別に許可せず異議申出を棄却した本件裁決およびこれに基づいて被告主任審査官がした本件令書発付処分はいずれも違法ではないことになる。

五  よつて、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中村捷三 武田多喜子 赤西芳文)

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